先日、東京都港区にある
愛宕神社
へ参拝に行ってきました。
実は今年1月にも一度訪れていたのですが、どうしても心残りがあったため、今回あらためて足を運ぶことにしました。
愛宕神社と丙午(ひのえうま)

愛宕神社は1603年、徳川家康公の命によって創建された神社です。
火伏せ・防火の神様として知られ、出世運や商売繁盛のご利益でも有名です。
境内へ続く急な石段は「出世の石段」と呼ばれています。
そして今年2026年は「丙午(ひのえうま)」の年。
丙午とは十干十二支を組み合わせた60年に一度巡ってくる年で、「丙(ひのえ)」の火のエネルギーと「午(うま)」の勢いを持つ年とされています。
昔はさまざまな言い伝えがありましたが、本来は強い生命力や行動力を象徴する年ともいわれています。
新しい挑戦や自分らしい生き方を後押ししてくれるような力強い年なのかもしれません。
1月の心残り
実は今年1月、初めて愛宕神社を訪れました。
最近は御朱印も、御朱印帳へ直接書いてくださる神社と、書置きの御朱印を授与する神社があります。
1月は混雑していることも多いため、
「きっと書置きだろう」
と思い込み、御朱印帳を持たずに参拝してしまいました。
ところが愛宕神社は、基本的に御朱印帳へ直接書いてくださる神社。
そのため御朱印をいただくことができませんでした。
せっかく参拝したのに少し残念な気持ちが残り、
「今度は御朱印帳を持って来よう」
と思っていました。
そして今回、ようやくその思いを果たすことができました。
出世の石段と将軍梅
愛宕神社といえば「出世の石段」が有名です。

急勾配の石段を見上げると、
「本当にここを馬で登ったの?」
と思ってしまうほどの迫力があります。
この石段には有名な逸話があります。
江戸時代、三代将軍・徳川家光公が愛宕山に咲く梅を見て、
「誰か馬で登ってあの梅を取って参れ」
と命じたそうです。
あまりにも急な石段だったため誰も名乗り出られない中、丸亀藩の家臣・曲垣平九郎(まがきへいくろう)が馬で石段を駆け上がり、見事に梅を手折って将軍へ献上しました。
その功績によって平九郎は「日本一の馬術名人」と称えられ、一躍その名が知られるようになったと伝えられています。
そして、その時に献上された梅に由来すると伝えられているのが、境内にある「将軍梅」です。

私が訪れた6月には花の季節は終わっていましたが、長い歴史を見守ってきた将軍梅を前にすると、この場所に受け継がれてきた物語を感じることができました。
出世の石段、将軍梅、そして今年引いたおみくじ。
偶然かもしれませんが、「新しい挑戦を応援してもらっているような気持ち」になった参拝でした。
招き石に願いを込めて
愛宕神社には「招き石」と呼ばれる石があります。

願い事を心の中で唱えながら石をなでることで福を招くと伝えられています。
多くの参拝者が立ち寄る人気のスポットです。
私も静かに手を添えながら、これからの仕事や家族の幸せを願いました。
神社のこうした小さな習わしには、不思議と心を落ち着かせる力がありますね。
心に響いたおみくじ
今回のお参りで一番印象に残ったのは、おみくじでした。
そこにはこんな言葉が書かれていました。
籠の中にいた小鳥が放されて自由にとび歩く様に苦しみを逃れて楽しみの多い身となる運です
世の為人の為に尽くしなさい
幸福まして名もあがります
そして和歌には、
「はなされし かごの小鳥のとりどりに 楽しみおおき 春ののべかな」
とありました。
今年、私は長年勤めた公務員を退職し、「陽だまり保健室」を開業しました。
慣れ親しんだ環境を離れ、自分の力で歩き始めたばかり。
不安がまったくないと言えば嘘になります。
だからこそ、このおみくじを読んだ瞬間、
「今の私のことを言われているみたい」
と驚きました。
まるで籠の中から飛び立った小鳥のように、新しい世界へ羽ばたこうとしている今の自分。
そして「世の為人の為に尽くしなさい」という言葉は、これからの活動の原点を思い出させてくれるようでした。
誰かの心が少し軽くなるお手伝いができるように。
今までの経験を活かしながら、これからも一歩ずつ進んでいこうと思います。

おわりに
今回の愛宕神社への参拝は、御朱印をいただくという目的だけではなく、自分自身の新しいスタートを見つめ直す時間にもなりました。
神社を訪れるたびに思うのは、願い事をする場所というよりも、自分の心と向き合う場所なのかもしれないということです。
おみくじの言葉を胸に、これからも「陽だまり保健室」を育てていきたいと思います。
また迷った時には、この日のことを思い出そうと思います。
そんな事を考えながら、境内のカフェで一休み。

皆さんも、ぜひホッとできる時間作ってみてくださいね。


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