小さな女の子

私には娘がいます。

もう成人して何年か経ちますが、仕事を始める前から海外で働くことを計画していて、3月で今の仕事を退職し、オーストラリアに出発しました。

娘の事をお話すると、小さくて可愛い女の子だったけど、子供たちの中では一番子育てが難しい子でした。よく言えば、とても意思が強くしっかりしすぎている子ですかね。赤ちゃんの頃は、抱っこしていないと泣いてばかりで、初めての子育てにどうしていいのか分からず、私はよく泣かされていました。とにかく今考えても、とても手のかかる子でした。

小学生の低学年までは、保育園や小学校に行くのに毎朝泣いていました。だけど離れるとケロっとしていて、担任の先生も私も心配しましたが、学校生活は何もなかったように元気に過ごしていました。小学校中学年になる頃には、私の側から徐々にテリトリーを広げ、意識がお友達に移っていったように思います。順調に自立していきました。そうなると、意思が強くしっかりしていた娘は、どんどん自分で進んでいきました。

10代の頃の心配は、とにかく頑張りすぎる所でした。勉強も生活も一切妥協せず、自分に厳しくとにかく全てにおいて全力で頑張っていました。娘も器用な方ではなかったので、力の抜き方が分からなかったのかもしれません。時々、ボキッとボキボキッと心が折れていた時もあったと思います。そんな時には、よく話をしていました。今でも頑張りすぎる所は変わっていませんが、少しは力の抜き方を覚えたように思います。

このころ、娘はどうしてこんなに頑張り屋さんなのか。。。私は全く気がついてませんでした。養護教諭として、たくさんの子供たちを見てきて、長い年月をかけてようやく分かりました。なぜ、娘は小さい頃からよく泣く子だったのか。なぜ、頑張りすぎるのか。。。それは、娘は人一倍心配性で不安でいっぱいだったという事です。だからその心配事をなくすために、不安をなくすために、一生懸命計画を立てて、一生懸命頑張り、石橋をたたき過ぎるぐらい慎重になるのだと。それが分かったのは、娘が高校生ぐらいの時です。そこから娘には、休むことの大切さ、力の抜き方、頑張りすぎないコツ等々リラックスについて色々と伝授していきました。

そんな娘も、エージェントと一緒にオーストラリアに行く計画を2年前から立てていました。娘は、小さい頃からケガも病気もほとんどした事がなく元気な体でしたが、去年6月に初めて大病を患いました。元気すぎる娘たったので、入院してもすぐに良くなるものだと思っていたんですけど、どんどん悪化していって、最終的には死を覚悟しないといけない状態までいきました。幸い手術が成功し、一か月ほど入院しましたが徐々に元気になる事ができました。仕事復帰したのも10月ごろだったので、オーストラリアに行くことは正直難しいかと思っていましたが、娘はそこからどんどん元気になり、無事にオーストラリアに出発する事ができました。

最低でも、1年間はオーストラリアで生活する予定です。何日も前から出発に向けて準備をし、一生懸命パッキングをし、ペラペラにしゃべれる英語を最後の最後まで勉強をし、緊張と不安をマックスにして当日を迎えました。娘らしいです。当日お見送りに来てくれた、高校の恩師の先生の顔を見て急に泣き出し、「おいおい自分で決めたのに!大丈夫だよ!頑張れ!」と先生に励まされ、元同僚のお友達にも励まされ、気持ちのガス抜きをして出発していきました。

娘を見送って私の気持ちは。。。よく分からないっていうのが正直な気持ちです。大学2年生の時に寮に入って一人暮らしをするって出発した時の方が寂しかったような。。。だけど、そこは家から一時間ぐらいの距離だったのでしょっちゅう帰ってきていたし。空港で、何度も振り返って保安検査口に入って行く娘を見て、頑張って!!という思いや、うらやましい思いもあり、複雑な気持ちでした。今の時代、LINEでもやり取りできるし、ビデオ通話だってあるし、そこまで寂しくないような気もします。空港まで見送った後、家に帰ってくると、部屋中いっぱいに準備していた荷物がなくなり、ガランとした部屋を見ると、何とも言えない気持ちにもなりました。なぜか小さい頃の娘を思い出し、ここまでblogに書いてみて気がついた事は、自分の中で整理整頓したかったのかもしれません。あの寂しがり屋で、いつも私の側から離れなかった娘が、まさか海外で生活するまでになるとは想像もできず、成長したなと。。。私も頑張らないとという思いにさせてくれる娘は、本当に誇りに思います。

もう少し時間が経ったら、実感が湧いてきて寂しくなる時もあるかもしれません。そんな時は、出発する前に娘と行きたかった所に、忙しくて全部行けなかったので、帰ってきたら行く所をたくさん考えながら、一年間お互いに頑張っていこうと思います。

頑張れ。。。小さな娘っこ。

コメント